事務作業時間を軽減し、とことん「活用する記録」
情報を共有してこその「利用者の健康と安全」を向上
社会福祉法人・台東区社会福祉事業団が「らくらくe介護」システムを全施設に導入したのは08年の4月。前年の7月から10月まで準備作業としてバーコード用の用語の標準化などを行い、11月からテスト導入した結果、目的としていた介護記録の時間の省力化、情報の共有化が実証されたからだ。システム導入の責任者として「顧客満足度の向上」と業務の効率化を目指す高齢者課係長の石川哲也氏にお話を伺った。
IT化が遅れている業種のひとつとして介護施設があげられる。入所者、通所者(ショートステイ)を含めた個々の利用者の介護記録は日誌として残されるがデータ化されていない施設が多い。職員、スタッフそれぞれが日々日誌を記録してはいるが、紙に書かれた記録は一覧性にとぼしく、何よりも情報の共有化ができないため作業にムダが発生し、記録のための作業時間が長引き、人件費にも影響する。 p>
「職員が一番行いたいことは多くの時間を利用者と向き合うことです。しかし、現実は事務(記録)作業に多く時間を割いているのです。介護士は利用者の日々の様子を伝える介護日誌を、看護師は看護記録をつけますし、生活指導員も相談を受けた時に記録をつけています。おのおのが業務日誌のように記録をつけているわけです。さらに一人一人の利用者ごとにケース記録として時系列でつけています」と石川さんは日々の記録に相当な時間をとられていた、と話す。 p>
「日誌を書くのに15分だとすると、ケース記録にも同じくらいはかかります。合計するとかなりの時間になりますし、その場でメモを書いていればまだ内容の精度は高いのですが、伝えていく過程で思い返すと不正確になったり、他の人に聞く時間もかかります。それからもうひとつ、記録は事実を記して、何かあった場合に内容を証明するものと同時に、記録を共有し活用してサービスの向上につなげることが大事なのですが、うまく活用されていない」記録を最大限に活用するためには、情報の共有が重要だと指摘する。 p>
「もうひとつ。活用する記録、と言いましたが、人には個性がありますから各記録が全然違うんですね。書き方が違うんです。これは反省点でもあるんですが、何のために記録するかを突きつめて考えていなかったんですね。目標と課題。これは介護の世界では苦手ではないはずなんですね。アセスメントし、ケアプランをたてる。プランに沿って実施し記録をつける。その記録から再アセスメントをし、プランの見直しを図るというPDCA(Plan Do Check Action)ですね、そのシステムの流れと同じですからなじみやすいはずなんだけれど、その流れが皆わかっていなかったんだなとあらためて気づいたんです」
活用する記録を進めるためにも、記録の「標準化」をしないと始まらないと石川さんは力説する。いつ、どこで、誰が、何を、どのようにした、といった具合に介護内容は作業ごとに分割できる。これらをカテゴリー分類し、項目ごとに分けてバーコード化してリーダーで読み取る。このデータはデータセンターに送信され、リアルタイムで処理されインターネットを経由してどこからでも参照できる。これが「らくらくe介護」の基本システムだ。
東京メトロ日比谷線「三ノ輪駅」の目の前と、立地にも恵まれた台東区社会福祉事業団は、昭和61年の設立以来、台東区の子育て支援と高齢者サービスの中核的役割を担っている。
「排泄を例にとると、その人がポータブルトイレで用を足すのか、一般のトイレでするのかオムツを使うのか、3つに分かれます。何があったかの項目では、排便があったか、内容はどうだったかと分けていくとそれほどの量にはならないんです」さらに、と石川さんは続ける。「この利用者の方はこういう排泄リズムなんだな、ということも記録でわかるようになります。何時頃にトイレを使うかと。そうすると、この人はオムツを使って排便しているけれどこの時間にトレイに行けばトイレで排便できるようになるんじゃないかと、オムツで排便するよりは、できるのならトイレのほうがいいわけですね。そういう活用ができるようになったという点も大きいですね。食事でも応用できるかもしれません」これからの課題ですが、と前置きして石川さんは栄養のプログラムと組み合わせた料理メニューの開発にも意欲をみせる。
「私たちはサービス業ですから、利用者の顧客満足度をあげることが求められています。一方では記録の時間の短縮によって、職員が利用者の方と相対する時間が増えるとすれば職員の満足度もあがる。介護の仕事につきたいという人は、人と触れ合いたい、役に立ちたいという気持ちが強いんですよ。
現在「特養三ノ輪」の入居者は63人、ショートステイ、短期間の利用者は4人。1日あたりの定員は67人だ。スタッフ構成は介護職員が30名、看護職員が4名。国の指針では、人件費比率は65%程度と示されている。残りの35%が事務費という計算になる。「実際にはそれを守るのは大変な話なんですね。そのためにも省力化は必須です。また手書きメモなどの紙の使用が減りますからコスト削減にもなっています」と石川さん。
「最初はリーダーが少し重たいという声もありましたが、今は何の文句も出ません。携帯と同じくらいの重さだし、職員もすぐに慣れたようです。軽いペン型のリーダーもありますが、一定のスピードで動かして角度もあわせないとうまく読み取れないようです。読み取り精度の問題もあるし、今のバーコードリーダーで問題はありませんね。それでも使い始めてから軌道に乗るまで半年くらいはかかるかなと見込んでいたのですが、2週間で誰もが使えるようになったんです」
すると、ここをこうして欲しいといった要望も出てくる。開発元のシステムパルではフィードバックされた意見を元にソフトウェアのバージョンアップを行い、さらに使い勝手をあげている。ただし、と石川さんはカスタマイズは望まないと語る。
「台東区発のスタンダードを作ろうと思ってますから。逆に言えばシステムの導入が私たちの仕事がスタンダードかどうかの見直しにもなりましたね。デイサービスの連絡ノートは利用者全員分の血圧や体温、その日の活動内容を記入していたんですね。1人あたり30秒でも相当な時間になります。しかも仕事の合間にはできなかった。今はデータを1回とれば全部すみます。これまでは残業して記録していたものがなくなったことも大きいですね。記録事務にかかる残業代が確実に減りましたから。
あれもう皆帰っちゃったの? とさびしくなるくらいです」と石川さんは笑う。
「デイサービスの場合、夜勤ができない職員もいますから、残業不要という就業内容を表にも出したいですね。今は人材難です、福祉施設は。でもこういうシステム使っているから本業に専念できます、とアピールできればリクルーティング効果も出てきますね」
手軽さと、読み取り精度の高さが人気だ
「排便」に関してのバーコードのサンプル。排便の量、形状などを簡潔にまとめてある。
「らくらくe介護」はASPとして提供される。サーバを施設内に設置する必要がないから、管理、メンテナンスフリーだ。個人情報を管理するため、サーバには温度管理からファイアウォールなどのセキュリティ対策も要求される。一時は内部でサーバ管理を、という案も出たが、結局は「おまかせ」にして、正解だったと石川さんは安堵する。将来的には会計システムも含めて経営にかかわるシステムのプラットフォームを一元化したいとも石川さんは先を見据える。
ここまでほれこんだシステムだが、使い勝手以外に、導入時に問題はなかったのだろうか。「看護師はこうしたシステム導入は当たり前と思っていましたね。病院では電子カルテが主流ですから、福祉の世界だけが手書きだということが特殊だと。自分たちの記録とケアワーカーの記録が一緒に見られますから、情報の共有がすぐにできる。これがいいと現場では言っています。介護士も一緒ですよ。これまでは看護師さんは利用者に対してどんな処置をしたんだろうと疑問だったことがデータを見れば、あっ! こういうことかとわかりますから。これまでも処置記録としては残っているけれど、ケアをしている介護士の方には何でそうしたのかがわからなかった。今までだったら利用者の状態を把握するには、医療的側面は看護師に、介護的側面なら介護職員に確認し、各々の記録を見なければならない。IT化したことで、各職員が自分の手元で瞬時に状態把握ができるのですから大きな進歩です。自分が相談員の時は駆けずり回って確認していたのですからうらやましいですね」このシステムがあったら自分も随分と楽に仕事ができたのに、と石川さんは微笑みながら、こんな話もあるんですよと福祉施設の「IT化」の事例を紹介してくれた。
「あえて乱暴に言うと、記録というのは日誌だったんです、自分の備忘録として。人に伝える記録としては意識してないですからね。今も多くの施設が同じような状態です。ある施設の施設長がうちはIT化してると自慢されたんです。聞くと、ワードでメモを入力して、それをコピーペーストで記録にしている。手書きじゃないんだぞと。でもそれだと見えてないんですね、介護の中身が。たとえば利用者が転倒した場合。報告を受けて今月は転倒事故が何件あったのか、と聞いてもわからない。ノロウイルスが発生したと。1月は何件で2月は何件かがとわからない。今はデータをエクセルに落とせばソートしてすぐカウントできます。月別数字もすぐに出せます。リスク管理・経営管理には本当に有効ですね。本当に楽です」
「介護現場は非常に厳しい状況にある。少しでも楽な(楽しい)ところを創りたい」
あっ! と石川さんが目を見開いて「らくらくe介護、というのは職員にも楽な介護、と、そこからネーミングしたんですか」と大笑いする。
トップ画面には、日時作業、掲示板、体調管理などの項目がわかりやすく分類されている。
台東区社会福祉事業団の理事長でもある台東区長の吉住弘氏は、「今、次世代育成支援対策法の成立や介護保険制度の見直しなどによって、子育てや高齢者福祉を取り巻く状況は大きく変化しております。事業団といたしましても、地域に密着した特性を生かし、区民福祉の一層の向上に全力で取り組んでまいります」と決意を述べる。